名古屋高等裁判所 昭和34年(う)326号 判決 1959年8月10日
被告人 浅田利一郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
第一点、本件起訴状は、被告人に対し訴因の明示を欠き公訴提起の手続がその規定に違反し無効であるのに、原判決はこれを看過した違法があるとの主張について、
本件起訴状の公訴事実の記載は論旨に摘録するとおりであつて、公訴事実第一の訴因(すなわち、本件被告人浅田利一郎に対する関係)について、犯罪の主体として原審相被告人長谷川喜男と記載され、同被告人が本件被告人並びに前納光太郎と共謀の上、前記第一記載の犯罪を行つたことを示す体裁の記載がなされている。従つて、右起訴状が、本件被告人浅田利一郎に対する公訴事実を記載したものとしては、妥当を欠くものであることは、もちろんである。然し、だからといつて、直ちに、本件起訴状が被告人浅田利一郎に対する公訴事実の記載を欠くものであると速断するわけにはいかない。すなわち、本件起訴状には、公訴提起の対象となる被告人として、原審相被告人長谷川喜男と並べて、本件被告人浅田利一郎を明示し、右両名に対し公訴を提起することが明記されているわけで、これと公訴事実の記載とを対照して読めば、公訴事実冒頭に記載する被告人長谷川喜男は云々企てとあるのは、専ら公訴事実第一(被告人浅田利一郎関係)、第二、第三(以上の事実について同被告人は関係していない)各事実について共通の犯罪主体であり、かつ右各犯罪について主動的役割をしめた被告人長谷川喜男の犯罪の動機を示したものであり、公訴事実第一について、同被告人だけが犯罪の主体である旨を示したもの(もし、そのように解すれば、公訴事実第一の被告人浅田利一郎並びに前納光太郎と共謀の上、とあるのは、被告人長谷川喜男に対する犯罪事実につき、単にその態様を示したことに帰する。)と解することはできず、同被告人及び本件被告人浅田利一郎が前納光太郎と共謀して、右第一記載の犯罪を行つた趣旨を記載したものと解すべきである。結局、本件起訴状の公訴事実の記載は、行文よろしきを得ず所論の攻撃を買つたものであるが、未だ、本件控訴人浅田利一郎に対する公訴事実の記載を欠くとか、訴因を明示しない違法があるものとは、いえない。論旨は採るを得ない。
第二点、事実誤認の主張について、
次に、刑法一五七条にいわゆる虚偽の申立とは真実に反して一定の事実の存否につき申立をなすことをいうもので、苟くも公務員に対し存在しない事実を存在するものとして申立て、権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をなさしめた場合には直ちに同条の犯罪は成立するもので、その申立にかかる事実の内容が当事者間の権利、義務関係に影響するところがなくても、同罪の成否を左右するものではない。蓋し、公証の制度は、証書による証明の信憑力を確実ならしむるがために設けられたものであるから、申立にかかる事実が内容虚偽であれば、それだけで、公正証書に対する公の信用を害する危険があるからである。
従つて、本件において、被告人浅田利一郎としては、所論のごとく、同被告人が松村知子名義を以て長谷川喜男に対して有する原判示債権の回収のため前納光太郎名義をかりるべく、原判示のごとく同人名義を以て長谷川喜男に対する債権の申立をしたに過ぎないものであるとしても、該債権の成立、存在そのものが原判決認定のごとく内容虚偽のものである以上、公正証書原本不実記載、同行使罪は成立するものというべく、この点に関する原判決の判断は相当であつて、論旨後段も又理由がない。
(その余の判決理由は省略する。)
(裁判官 影山正雄 水島亀松 谷口正孝)
参考 起訴状記載の被告人の表示および公訴事実第一は、次のとおりである
起訴状
一、被告人(注 氏名以外は省略)
氏名 長谷川喜男
氏名 浅田利一郎
二、公訴事実
被告人長谷川喜男は、昭和三十一年八月三日債権者県ちかが自己に対して有する従来の貸金債権等に基き津地方裁判所より被告人所有の不動産に対する強制競売開始決定を受けるや自己の財産を保全する目的で第三債権者をして架空の債権により右競売の配当要求をなさしめるための公正証書を準備しようと企て、
第一、被告人浅田利一郎並に前納光太郎と共謀の上、同年九月十八日津市玉置町八九七番地津地方法務局所属公証人山田寛役場において右山田寛に対し自己が曾て右前納光太郎より金品の貸与を受けたことがないのに恰も同年八月五日右前納光太郎との間に約束手形貸付金九十八万円を準消費貸借契約に改める如き虚偽の「金銭消費貸借契約公正証書の作成方を申請しよつて右山田寛をして公正証書原本にその旨不実の記載をなさしめ即時これを同所に備付けさせて行使し、